財産が少ないから残された子供たちがもめる心配はないと考える人もいるかもしれませんが、例えそうであっても遺言という生前に決められる最期の自分の意志は必要ではないでしょうか。

具体的な他の株、債権や不動産などがなくても、持ち家や所有している自宅土地の場合誰がその家や土地の権利をもつのか、あとあとトラブルになるケースが多いと聞きます。

自宅の家屋や土地は、自身が所有していても資産というイメージが弱く、例え所有していても遺言を作成までしておこうという気持ちにならないのが現状です。

しかし、子供たちがその家屋や土地をそのまま受け継ぐのか、または売却するのかは、考え方次第なので兄弟でもめてしまうようです。

また、そういった自宅のことがトラブルになるともともと住んでいる子供が安住していられなくなる心配もあります。

そうならないためにも、きっと上手くやってくれるという安易な考え方ではなく、誰に何を相続させるのか、そしてさせないのかを明文化しておくことで、相続人である子供たち兄弟間のトラブルを回避できます。

子供たちに資産を等分割できればよいのですが、ものによってはそうできないものもあります。

その線引きが曖昧にならないようにしておくのが、残された子供たちへの最期のプレゼントに近い遺言という仕組みなのかもしれません。

名古屋にある実家の本家の叔父が無くなったときは、名古屋で遺言や相続の手続きのブロにすべて一任されていて、怒るだろうと思われていた相続争いがあっけなく穏便に済んだことがあり、こう言ったものは生前にしっかりと取り決めておくのが残されたものに対する愛情なのだなと深く感じたことがあります。

それからしばらくして「財産の相続」についていろいろ学ぶ機会が多くなったし、自分からも興味を持ってこの問題について調べることが増えました。

ちょっと意外だったのは、今こう言ったトラブルになっているのは結構な高齢の兄弟(ともに60代以上)で、しかも姉妹での紛争が多いというデータでした。

姉妹でのトラブルについては、女性同士でこう言った争いが起こると「引き際」「落としどころ」と言った駆け引きが無い為、とことん法律で解決するような事態ま発展することが多いという事です。

高齢のトラブルについては、終戦後、日本で長らく続いてきた家督相続制度が崩れたことです。(雑誌などの受け売りですが…)

家督相続制度とは、ようするに旧民法の「家主の財産や地位は長男がすべて受け継ぎ、二番目以降の子どもは、家を出て働く」という内容でしたが、戦後に改正されて制度そのものが無くなりました。

今60代以上の世代というのは、ちょうど現代と旧制度の狭間に幼少期を過ごした世代ですし、長男はおそらく年寄りたちから「当然家を継ぐ者」と教えられ、下の物は「家を出るもの」とされていたでしょう。

その人たちの親も当然そう考え、法的に有効な財産相続のt\手筈など用意していなかったという場合も十分に考えられると思います。

しかし時代的にそういった相続の権利は通用しなくなり、かといって遺言も無い状況では争いになるのは目に見えています。

ただ、自分たちがもう遺言を書く側の年齢に達して10年も長きにわたって財産争いというのは、もし身内にそんな人が居たら悲しいですね。

今は、「草食男子」とか、「核家族化」とか様々な影響によって、表だって「財産を!」と権利を主張する人自体少なくなってきているような気がしますが、やはり人間ですから水面下で兄弟間の争いは起こっているのでしょう。

大人しい草食男子の二男が、何も言わないと思ったら、ある日突然弁護士から連絡があり、法廷闘争になったというような静かな争いというのでしょうか…